はじめに

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2013年7月6日土曜日

かの国のデモ


かの国のデモ

マニフェスタソン、ポルトガル語ではデモのこと

ニッポン語ではデキぬこと・・です

 

彼らは天国に住んでいるEstão no Paraíso)。

その天国、ブラジルの人たちが、大規模なマニフェスタソン(デモ)を繰り広げている。そのデモを脇目に、マラカナン競技場ではコンフェデレーションカップの決勝戦が行われ、ブラジルは見事優勝した。

 このところ世界の各地で、大きなデモが行われている。エジプト、トルコ・・・・。中国では一年間に3千件ものデモがあるとか。新疆ウイグル地区で今も起きているのは、デモの域を超えた暴動に近いものと言われている。

 ブラジルも世界各国と同じように目覚めるところがあって、デモが起きているのか。どうもそのようには見えない。別次元のデモだ。彼らは歴史を作りつつあるのだ。そう思われる。かの国にはたいそうお世話になったので、多分に依怙贔屓的感覚がある。その点を割引の上でお読みいただきたい。

 このブラジルのデモには、ほかの国と決定的に違う要素が三つある。

一、デモの当事者の要求が彼ら自身の利益のためではない。

二、政権打倒を目指さず、唱えていない。

三、世界に向かっての主張がある。

 

一つめの主張がデモ参加当事者の直接的利益ではない点について述べる。

デモの発端はリオとサンパウロのバス賃の値上げにあった。3.0Rのものが3.2Rに値上げされた。値上げされた0.2Rは日本円に換算して9円ほどだ。私がいた頃に、1.0Rから1.2Rに上がったことがあった。その時の0.2Rは邦貨15円程度相当だ。貨幣価値、相対のどちらから見てもこの度の値上げは幅が小さい。ハイパーインフレは収まったとはいえ、アベさんの目標値より数倍大きい物価上昇が毎年起きている。それから見ても、小さな値上げである。日常的出来事である。おまけに二市ともに、値上げを直ちに撤回してしまった。それなのにデモは一向に収まらない。

彼らの要求の端緒はバス賃であったが、今やバス賃には関係も関心もない。ワールドカップやオリンピックに多大なカネを使わずに、教育や医療に回せという主張、要求だ。加えて汚職を何とかしろだ。

この要求が、私にはデモをやっている人々の直接的な利益の要求とは思えないのだ。彼らは自分のためではなく人々のためにデモをやっている。根拠はTV画面から読み取れる。画面に映る人々にファベーラの人々の姿が見られない。ファベーラは日本語に訳すと貧民窟だ。どうもこの訳語は穏やかではない。妥当ではない。ファベーラの住民を何人か知っている。ホテルのメイドなどは、私はファベーラに住んでいると、特別な意識なしに話していた。とはいえ、ファベーラには泥棒、強盗、殺人事件の関与者の多くが住んでいるという事実に間違いはない。デモ隊の中にその中の住人の影が無い。単なる外観からくる偏見にすぎないかもしれない。しかし、デモをやっている人たちは暴力的ではない。確かに死者が出ている。報道では1人だ。知人からのメールでは5人死んだと言っている。かの国では一日百人を超す人が殺されている。死んでいるのではなく、殺されているのだ。1か5かは別にして、デモでの死者は小さな数だ。かの国ではフッチボールの試合ですら、その結果を巡って死者が出ることが間々ある。たいそう興奮しやすい人たちだ。殺人事件は日常茶飯事だ。それを考えると、規模の大きさからいってこの数は少ない。他の国のデモによる死者と比較してみても少ない。他の国では官憲との暴力の応酬で死者が多発している。このデモにはそれが無い。偶発的なものだ。デモはかなり整然と行われている。それは最も興奮しやすい人たちの参加が少ないからだ。

金持ち喧嘩せず。極めて日本的格言だが、世界に通用しないわけではない。喧嘩をし、強盗をし、殺人を犯す。犯罪者の多くを輩出しているのはファベーラだ。その人達ではなく、喧嘩せずの方がデモに参加している。要求するところは教育、医療にカネを回せだ。

かの国の文盲率は一応15%程度とされている。一応である。何を持って文盲とするか定義を知らないが、ポルトガル語で読むべき文字はアルファベットの26文字。これに尻尾が生えたり上にクニュとなった記号がついたりするのがあるから、まあ30程だ。大小あるから倍の60字。それに数字が0から9までの10個。合計70ばかりだ。日本語の場合はダブっているのもあるが、五十音。他に濁音が20。平仮名と片仮名があるから、数字を加えて150だ。それだけでは収まらない。とんでもなくややこしい漢字がある。数の程は判らない。無限にあるという思いだ。おまけに日本語を書くためのローマ字まである。だからかの国の人たちの読むべき文字数に加えて150文字+∞だ。それでいて文字の読み書きが出来ない人に出会ったことはない。やはりかの国の教育は十分ではないのだ。寄って来たる所以は貧困だ。子供は少し学んだだけで70くらいの文字はマスターできる。少しも学んでいないのだ。金を稼がせるために、親が子供を学校にやらない。働かせる。最近政府は児童の生活保護費を支給し始めた。勿論貧困対策だが、教育、就学率向上にも役立てている。児童の就学証明が無いと支給しない。働かせるより学校にやった方が実入りが良ければ、親は子を学校にやる。動機づけの次は教育自体の充実だ。先生のレベルがかなり低いのだ。給与だけでなくレベルの方もそれ相応とされている。教師の待遇も含めて、かなり金をかけないとだめだ。教育に金を回すのはファベーラの人たちのためだ。

かの国は国民皆保険である。制度的にはわが国と同じだ。ところが貧困層はロクな医療も受けられないという実体がある。私も何度かかの国のお医者さんの世話になった。最新、最先端医療を要するようなものではない。一番高度なのは胃カメラだった。日本で受けた健康診断でポリープが見つかり、サントス市内の病院でそれを取り除いてもらった。FAXでの連絡を受けて5日後には処置は終わった。なぜかくも迅速にできたのか。私は最上級の民間保険に入っていたからだ。国民皆保険というのは患者側のことで、医療機関側のことではない。医療機関が公的保険はおろか民間保険でも安物保険のお値段では客を取らないのだ。ワチキハイヤデアリンスだ。安い保険では程度の低い病院にしかかかれない。公的保険では更に限られた病院しか利用できない。そしてその数は被保険者、患者の数と全く乖離している。制度上は病気になれば誰でも保険を使って病院を利用できる。しかし病院が超満員で多くの人はお医者さんと顔すら合わせることができない。医療にお金を回せというのはこのことだ。ファベーラの人たちのためだ。

コッパドムンド(ワールドカップ)とオリンピアーダに使うお金を教育と医療費に回せ。要求しているデモ隊の人たちは自分のための要求をしているのではない。

二つ目の政権打倒の要求が無いことについて述べる。

かの国の治安の悪さは有名だが、政治の腐敗もかなりのものだ。贈収賄の話は慢性的にある。加えて、国や州のおカネが消えてしまうのだ。何か設備を作る。予算が組まれる。執行される。設備はいつまでたっても出来ない。中国では対策が取られ、オカラ工事で辻褄合わせが実施されるようだが、かの国ではオカラも無くなってしまう。そして予算不足だ。不足したのは見積もりが甘くて足らなくなるのではなく、中間で消えてしまうのだ。流失だ。日本でも東北大震災の復興予算が横流しされているが、誰かのポッポに直接流れ込んでいるわけではない。流失ではない、流用だ。かの国ではポッポが至る所にある。来年のコッパドムンドの競技場で間に合わない所が出ると心配されている。サンパウロの競技場はかなりヤバいようだ。ブラジルはワールドカップをやることより勝つことに関心が高い。そういう人もいる。そうかもしれない。しかし、時間の無駄遣いでも遅れているのだろうが、金の流失で生じている可能性が高い。汚職の撲滅。当然の要求だ。しかしジウマ大統領退陣は叫ばない。

かの国は軍事政権、ハイパーインフレの試練を受けてきた。今は民主政治が確立し、ハイパーインフレは収まっている。同じ政党の大統領ではないが、それほど違わない政権が続き、それなりに治められている。彼らは知っているのだと思う。現政権打倒を叫ばないのは、叫ぶと殺されかねない国だからではない。叫び、万が一倒れることがあれば、軍政に戻り、殺されかねない国になる可能性もあろうし、ハイパーインフレに戻らないとも限らない。そういう意味では、倒れてしまうのは困る。叫べばやってくれる期待感もあるのだ。だから彼らは政権打倒を目指さない。

三つめの違いは世界への要求だ。

身の回りのことだけでなく、世界に目が向いている。中国や韓国の排日デモは確かに国外に目が向いている。ただし、向いているというより誘導され向かされていると言った方がいいと思う。かの国の人々の目は、しっかりと外を見定めている。教育医療への財源として、コッパドムンドとオリンピアーダの中止、返上だ。コッパドムンドもオリンピアーダも要する費用は開催国ブラジル持ちだ。得られる富はFIFAIOCが持ち出していく。よくぞ言った。

今の世界をこの状態にしているのは西欧人の力だ。彼らが世界に打って出て、他民族を支配した。その後遺症が世界を覆っている。彼らが極悪非道であったとは断じない。彼らは強かったのだ。強大な武力をもっていたのだ。

人類は有史以前から強いものが弱いものを支配し、時には追い払って来た。かの国でインジオと呼ばれる人々は、一番弱かったから、一番遠いところまで逃れてきていた。少し前には、西欧人の軍事力が圧倒的に強かったから、軍を進め支配略奪し、人々を拉致し、自らをのみ富ませた。それ以前には彼らは弱く、モンゴルに席巻され、アラブに侵された。モンゴルもアラブも歴史的には古いので、世界における後遺症が小さくはなっている。強いことはいいことだ。世界は強い者のために。よせばいいのに、日本もそれに倣おうとし、おこぼれに与ろうとした過去がある。素質が無かったのか、訓練が不足していたのか及ばなかった。弱かったのだ。今ではたった一つの大国だけが、遅ればせながらと倣おうとしている。こういうパクリをやられるのは、迷惑だなぁ。

今や武力では世界を席巻できない。略奪も拉致も出来ない。西欧エリートは方向転換した。彼らは賢い。頭で支配するべきだ。金融の世界などはその最たるものだろう。FIFAIOCもその売上高、利益率からいったら、たいしたものではないかもしれない。しかし、ヨーロッパの人の掌の中で、見事にその邪さを覆い隠して、動かされている。間違ってFIFAIOCに逆らおうものなら、都知事の一人や二人首が飛びかねない騒ぎまであったではないか。

そのFIFAIOCに、出ていけ、お前らにわが国の富を持ち去られてたまるか。そう叫んでいる。彼らの言い分に大いに同意する。日本ではオリンピックなどその建設過程での流動と労働はデフレからの脱却に役立ち、残された設備は後々有効利用されるだろう。しかしかの国ではインフレ状態である。二つのイベントがインフレの加速に寄与している。設備を後々利用し富を生み出すことにも疑問がある。その前に、建設に準備されたお金の何%かが今も消えていっていそうだ。

わが国の富を持ち去られてたまるものか。彼らの言い分に大いに同意する。敬意を表する。FIFAIOCに楯ついたのは、世界初だ。オリンピック新記録だ。世界新記録だ。

脱西欧支配はかの国、天国から始まった。後の歴史家はそう記すであろう。一番弱いがために逃れて世界の辺境まで来た人達の血が、一番強い人達に逆らおうとしている。彼らの中には一番強い人たちの祖先の血も混ざっている。己のためでなく、世界のためのマニュフェスタソンである。歴史的出来事だ。

 

 

では小噺をひとつ

 

天国

 

 ブラジルで長年敬虔なカソリック信者であり、その生涯の多くを貧しい人々の救済に費やした女性が過労で身罷った。彼女は軽く肩を抱かれ、目覚めた。天使ガブリエルが優しい眼差しで傍にいた。

女「ここはどこでしょうか?」

天「勿論、天国です」

女「え?なんと言われました」

天「天国です」

女「あぁ神様。私にまだしばらく働けと仰せですか?」

天「・・・・?」

女「やっと神に召されたと喜んでいましたのに。まだ、サンパウロにいるのですか」

(2013.7)