はじめに

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2017年9月6日水曜日

こん狐

こん狐  

 てっぽうを もだごとにしちゃあ まいかんぞん
おしゃぁ どでぶの くそだわけ


 これは、私が小さいときに、村のおじいさんからきいたお話です。

その村は三河の妙厳寺というお稲荷さまのある豊川村から少し離れた田舎にありました。その村は塔の木と言い、数軒の家が疎らにあるだけでした。そこに伝わるお話です。

 春のいい日和に五助ドンと呼ばれる爺ちゃんが、森の中で犬ころを見つけました。森といっても雑木林で、そこを村の衆は茸や山菜を採る程度に利用しておりました。森の入り口から少し入ったところでその犬ころは寝ていました。生まれて間もない様子で、少し弱々しい感じでした。五助ドンはその犬を家に連れて帰りました。家には婆ちゃんとサエちゃんという五つになる孫娘がいました。サエちゃんがすっかりその犬ころを気に入ました。五助爺ちゃんと婆ちゃんは百姓でしたから、毎日のように野良へ出て朝早くから日が暮れるまで働いていて、家にはサエちゃんが一人でいました。サエちゃんは犬ころのお蔭で寂しくなくなりました。一生懸命、餌をやったり、毛づくろいをしたり面倒をよく見ました。暫くすると犬ころはすっかり元気になりました。
 ある日、村の一番の物知りと言われる四平さんが五助ドンの家に来ました。小さな村ですから、一番といってもしれてはいます。
サエちゃんが「可愛いラ!」といって犬ころを見せました。
「アームイて腹を出して、チョウラカスと嬉しそうにするだニィ」
犬ころは腹を上に向けたまま、さすられて気持ちよさそうにしていました。
四平さんはそれを見て言いました。
「ホイ!こいつは犬なんかじゃあアリャァセンゾン。狐だがネ」
サエちゃんは驚いて、犬ころの顔をしげしげと見直しました。犬ころは何のことやらとサエちゃんを覗きこんでいるだけでした。
「こいつ、うんにゃ、なんて呼ぶダン?」
「名前はマンダつけちゃァおらん。・・お前はなんちゅう名前がいいダネ?」
サエちゃんが顔を覗き込んで訊くと狐のような犬ころが「コン!」と一声啼きました。
「ほれ、今コンと啼いたジャンか。こいつは狐だゾン。ホダラ」
その夜、爺ちゃん、婆ちゃんとサエちゃんで相談をしました。これはやっぱり四平さんが言うように、犬ではなくて狐に違いないということになりました。
五助ドンは一つ咳払いをし、背筋を伸ばして言いました。
「こいつの名前は“コン”ということにシマイカ!」
お爺さんの宣言でその狐の名前は“コン”ということにしました。
 秋口になりました。
コンはとても大きくなりました。
「まぁ、コンはマーハイこんなにシトナッチまって、抱っこしてやることも出来センわ。腰が、腰がエライわ。エライ、まイカン」
婆ちゃんが大きくなったコンを抱っこしようとして、腰を痛めてしまい痛がりました。
「お婆ちゃん、ドえらい痛いダカン?膏薬でもお塗リン」
「そうだノン。サエ、膏薬がそこにあるズラ?とって、ワシの腰にナデクットクレン」
サエちゃんは貝の中に入った膏薬を婆ちゃんの腰に塗ってやりました。
コンは秋になると纏わりついていたサエちゃんから離れるだけでなく、家の外にまで一人で出るようになりました。冬になると余り外に出なくなりましたが、少し暖かくなるとまた外に出るようになり、時には夜になっても帰らない日もありました。そのたびにサエちゃんは心配で、周りを探しました。
「コン、コン!何処へ行ったダヤア?」
暗闇をすかして名前を呼びました。心配で眠られないこともありました。でも一晩いない程度で、次の日には、いつの間にか家に戻ってきました。
「何処へ行っとったダン?ザイショにでも帰ってたのカネ?」
サエちゃんはコンが生家にでも帰っていたのかと聞きました。でも、コンは何も言いません。少し叱られたりしましたが、反省しているような様子は見せませんでした。
そうこうしているうちに、時々コンは家に鼠や昆虫を持ち込むようになりました。そんな時は決まって、サエちゃんのすそを引っ張り、その傍へ連れて行き、誇らしげにしていました。餌を自分で獲ったのを自慢しているのかと思いましたが、折角の獲物を自分は食べようとはしませんでした。どうやら、コンにしてみればサエちゃんにお土産を持って帰ったつもりのようでした。
 ある日、家に立ち寄った四平さんにこのことを話しました。
「コンがネズミや虫をサゲチャぁ来て、始末に負えんのだわ。お止めンって怒ってやるんだけど、ちっとも聞きゃあセン。どうすりゃいいダン?」
「そりゃぁ、きっといつも世話になっているサエちゃんへお土産のつもりだニ」
四平さんはそう言えばと、よそから聞いた話をしてくれました。やはり四平さんは村以外のことを知っている物知りです。
「尾張の在のことだ。ゴンという名前の狐がおったゲナ。コンと似た名前だけど、こいつはワルサ好きで村の人に悪さをしては喜んどった。ところがその悪戯がすぎて、猟師の兵十という爺っさまに悪いことをしてしまった。お詫びに毎日のように栗を拾って届けていたゲナ。狐は採った物を人にサゲテくるようだノン。そんなこととは知らない兵十は栗は神様が施してくれていると言われてその気になっていただゲナ。ある日、ゴンぎつねが栗をサゲテきた所へ兵十が帰って来て鉢合せをしてしまい、泥棒狐と思い、吃驚コイた兵十は持っていた鉄砲を撃っちまった」
「兵十てのはタアケだノン。ゴンがド可哀そうジャン!」
「すぐ、兵十はゴンぎつねが栗を届けてくれていたことに気付いたが、後の祭りだった」
「オソガイ話だねぇ。弾はゴンにあたったのカン?ソイデどうなったダン?」
「まぁハイ、話はそこで終わりダガネ。尾張の話。話の終わり。ハハハ、ハ」
「話かぁ。三河のこの辺じゃあ狐はお稲荷様のお使いダモンデ、悪さをするなんて誰も思っトリャアセンよ」
「ホウズラ!」
「そイカラ、百姓ばっかりで猟師はいないから鉄砲もアリャァセン。そんなオソガイことは起きんガネ。コンは好かったジャン。ゴンが聞きゃぁケナルガルゾン」
サエちゃんはコンの頭をなでながら嬉しそうな顔をしました。
 それから一年経ちました。半月ばかり家に帰らなかったコンが五匹の子狐を連れてきました。
「うわぁ!コン、ヤットカメだねぇ。こんなにヨウケ子供を産んだのカン!?」
コンは一匹一匹をサエちゃんに紹介するような素振りでした。少し鼻を広げて自慢げに見えました。
その後も時々コンは子狐をサエちゃんに預けたまま森の中に行くようで、家を空けました。サエちゃんは大変です。コン一匹の時は適当に餌やり等の世話をしていたのですが、この度は五匹です。子狐たちは家じゅうを駆け回るわ、ご飯を食べればこぼしまくるわ。そこらじゅうに涎を垂らすわです。
「あんたラァ、こんなに汚くしちゃって、フントにランゴクモない!オウジョウコクでいかんわ。マアハイ、そこらじゅうヨドマルケにしてーぇ!イヤッタイ子たちだヤァ」
サエちゃんは工夫をしました。五匹の子狐に涎掛けを作ってしてやりました。
「こいでチイたあケッコクなるズラ」
家の中は少し綺麗になりました。
五匹の子狐はすくすくと育ったそうです。そして、いつのまにか他の狐たちもやってくるようになり、まるで狐の家になってしまいました。サエちゃんも近所の人達も狐たちと仲良く暮らしたゲナ。めでたし、芽出度し。

 これが私の聞いたお話です。今は村も人が増え、昔と様子が変わり、狐を見ようとしてもめったに出会えるものではありません。でも、昔は三河では多くの狐が人と和やかに暮らしていたのは間違いないことです。豊川稲荷へ行って御覧なさい。おおくの狐の石像が寄進され、赤い涎掛けをしています。

(会話部分は三河弁を使っています。お判りにならない場合は、ご質問ください。又、誤用などあれば、ご指摘もお願いたします。)

それでは小噺を一つ。キツネではなくタヌキの噺です。

タヌキの都市伝説

 タヌキが人間に化けてアパートを借りようと不動産屋へやってきました。
不「それで、お一人で住まわれますか? ご予算は如何ほどでしょうか?」
タ「はい、一匹・・あ、一人の予定です。あまりお金は出せません。一番安いので結構です」
不「そうですネ・・・。こちらなどは如何でしょうか。結構お得な物件です。八畳一間で、押入れが付いています」
タ「え?八畳ですか?・・一寸すみません。トイレを貸していただけませんか」
不「え?あぁトイレはそちらです。・・えぇ右側です」
暫くしてたぬきはトイレから戻ってきました。
タ「すみません。・・・あのー、八畳というのは少し狭すぎませんか?」
不「・・?狭すぎますか? お一人でしょう。ご予算の関係もありますし」
タ「八畳というのがどの位の広さか、トイレで調べてきました」
不「・・・? ・・?」
タ「この広さでは、とても住めないと思います」
不「あぁぁ!!あの・・コ・困ります。ここでチャックを開けられるのは・・・・」


(2017.9)