はじめに

●●●

2014年2月6日木曜日


ゴルフ

ピンにも絡まず穴にもよらず

草叢かきわけ球探す


体重計を昨年買い換えた。年齢などを設定しておいて体重を計ると、体脂肪、筋肉量・・・・・などの数値が出る。電気的な測定をしているようだが、仕掛けのほどは判らない。中に体内年齢というのがある。それが60歳である。当初、59歳と出てたいそう好い気分になったのだが、誕生日を過ぎたころから60歳になってしまった。それでも、まぁ15歳若い数値だから気分が悪かろうはずはない。あそこが痛いとか痒いなどと病院で検査を受けると、まぁ年相応にスリ減っている、高くなっていますなどと言われてきているので、これは真に気分がいい。体内年齢は筋肉量と基礎代謝量から算出しているらしい。自分で信じられないのだが、筋肉が充分についているということのようだ。無理に原因を推定するとゴルフ位しか考えられない。ゴルフ場に出かけるのは月に1回程度である。打ちっぱなしには週休2日程で出かけている。
年寄りの健康維持増進には散歩が一番適しているとされている。私も散歩をしない訳ではない。だが、必ずや三日坊主で終わる。飽きてしまうのだ。ゴルフは飽きない。振ったクラブがきちんと球をとらえ、飛んでいけば気分がいい。いい塩梅に、クリーンヒットの割合は高くない。なんとか当てようともがく。すると時にクリーンヒットする。もう一度。駄目だ。ハテどうやって打ったのか。考える。創意工夫をする。大体はこの創意工夫がなっていないので、落ち込む。落ち込んだ頃いい当たりをする。この繰り返しである。練習場でこれだから、コースに出て報いられる可能性は情けないほどに小さいが、体力劣化の遅延には寄与しているのは間違いのないところだ。散歩には、巧く歩いたとか歩きそこなったというような、浮き沈みが無く、面白みに欠ける。目標も無い。ゴルフは、特に練習が、この空しい努力が15歳若い数値をもたらしてくれる。そう思うことにしている。
ゴルフを初めてやったのは四十数年前のことだ。
きっかけは、職場の上司のご命令だった。幾日かの後ゴルフに連れていくから用意をしておけ。そう言われた。マージャン、カラオケに加えてゴルフがサラリーマン三種の神器とされる時代があったが、当時私はゴルフなるものを見たことがなかった。周辺の人がやっていて、話は聞いていたから、全く知らなかったという訳ではない。
さて、準備をしなくてはいけない。幸い周辺の人の中にゴルフの達人とされている方がいたので、そのご指導を仰いだ。
先ずはゴルフ道具の購入だ。ハーフセットなる物がある。初心者にはそれで十分だ。それを購入すべし。ボールを1ダースほど購入すべし。ボールと言えば、スタートの時、キャディーに「試合球!」といって手を出したご仁がいたという伝説がある。草野球や草ソフトボールでも、あるレベルの試合になると、練習に使っているボールとは別に、新しいその試合用のものが用意される。そのご仁は初めてのゴルフで、立派なコースをスタートするには、それなりのボールが用意されているものと思い込んでいたようだ。幸いにして私はそういった認識不足を晒さないよう指導された。
服装はいかにあるべきか。
普段着的なもので好い。ただし襟が付いているものでないといけない。スポーツをやるのに襟が必要な理由はなんですか?ゴルフは紳士のスポーツとされているからです。私は紳士の分類に入るのですか?問い詰められると返答に窮します。達人の答えは的確だった。
ズボンはトレパンでよろしいでしょうか?うーん。トレパンは拙いと思います。
トレパン以外で運動に適したズボンを知らないのですが。スーツ以外で使用しているズボンがあるでしょう。そんなものでスポーツをやるのですか。
名古屋の運動具店へ行き一通りの物を揃えた。
道具を買ったのは好いが使い方が判らない。練習をしなくてはいけない。コースへ出るためには、ダンプカー1杯分のボールを打つべし。何発か?
名古屋の練習場へ出かけた。住んでいた東海市に当時は何もなかった。
練習場にはアシスタントプロという呼称のお兄さんがいた。
初めてですか。生まれて初めてです。先ずは7番アイアンで始めましょう。足を肩幅に広げから始まってクラブを構えるところまでいった。これを振りあげなさい。どう振りあげるのか。手取り足取でクラブの動かし方を教授された。さあ、構えて。そう。それで結構。はい、テークバックして。どうぞ。ドウゾ。あの、テークバックというのはクラブを動かすことです。ハイ、教わりましたから判っております。でも、構えると体が動かないのです。不動金縛りの術。後になって知ったことだが、一流のプロゴルファーが時として陥る病があるそうだ。イップスという病名で、何故かしら、ボールに対して構えた状態から腕が動かなくなる症状を呈する。とりわけパッティングの時に起こるという。私はプロはおろかアマにもならないときに、7番アイアンでこの症状を得た。
ダンプに1杯分のボールを打たないうちに当日になった。場所は桑名国際GCである。1番ホール。前の組がスタートしていくのを見て、一応スタートの形は理解した。自分の番だ。見よう見まねでティーアップをし、素振りをした。体は動く。大丈夫だ。さて、ボールに対峙した途端に、周りが静かになった。シーンとなった。なんという静けさだ。とたんに膝が小刻みに震えた。震えを人に見られるのは嫌だ。早いところ打ってしまおう。南無阿弥陀仏。なんとか体は動き、スイングができた。好結果が出た。クラブヘッドはボールに当たり、低くそれらしき方向へ飛び出した。好かった!ヨカッタ!何打めかでボールはグリーンに乗った。ウヌ? ここで使うのか。ハーフセットの中で一度も使ったことのないクラブがあった。パターだ。ボールを打つための練習はしたがパターの練習はしていない。おい、お前の番だ。幸い私が一番始めではなかったので、人様のやり方を見て初めてのパターをした。ボールは穴に近づくどころか、グリーンの外に勢いよく転がり出ていった。
その日は1.5ラウンドのプレーをした。途中経過の記憶はないが、スコアはハーフの都度10ストロークぐらいずつ良くなり、最終のハーフは60台だった。風呂で感想を聞かれた。案外ゴルフってえものは簡単かもしれない。なぜだ。一日のうちで猛烈な改善ができた。すぐに皆さんと同じスコアで回れそうだ。馬鹿野郎、舐めちゃあいけないよ。叱られた。
 以来ゴルフを40有余年。途中若干のブランクはあったが、続けてきた。そして今や唯一の健康管理、維持手段として機能している。ゴルフだけが、ゴルフぐらいしか機能しないのには理由がある。私にはゴルフが一番適しているのだ。練習初めに発症したイップス。この症状は一流ゴルファーと同じだ。その上、なんと言っても、名前が世に名の通った天才ゴルファーと同じだ。森という苗字は珍しくないが、一流はいない。二流でも、森ナントかという名のゴルファーは聞いたことが無い。そう言われるのはご尤もだ。日本にはいない。アメリカにいる。タイガーウッズである。私は英語表記では猛 森となる。お判りですね。そうです。猛はタイガーです。森はウッズです。タイガーウッズの和名は森猛なのです。天才ゴルファーです。それにしては酷いスコアしか出ないじゃないか。えぇ、今のところはそうですが、もう少し経てば必ずやいいスコアが出ます。天才は忘れたころにというではありませんか。

それでは小噺を一つ。


あの世のゴルフ


ゴルフ好きの男が神父に訊いた。

男「私はゴルフが生きがいだ。天国に行ったらゴルフができなくなるのではというのが一番の心配です」

神「私はゴルフをやらないから、天国でゴルフができるかどうか知りません。法王庁に問い合わせておきます」

男が暫くして教会に行くと、神父がにこやかに話しかけてきた。

神「喜びなさい。天国にもゴルフ場があるそうです。そして貴方はそこでゴルフができます」

男「おー、それは素晴らしい」

神「次の日曜日のスターティングリストにあなたの名前が載っているそうです」

ここまでは、世間に流布されている出来の良い小噺である。その続きをお教えしましょう。

男は教会の帰り、神父様の言ったことの意味を考えながら歩いて横断歩道を渡っていた。その時、飛ばしてきた車に撥ねられてしまった。酷い怪我を負い、そのまま天国へ召された。

足の骨は折れるわ、頭はがんがんするわ。天国に着いてから全快するのにしばらく時間がかかった。ようやくゴルフができそうな体になったので、男はカントリー倶楽部へ行き、受付にきた。

男「・・といった事情で、何日か前にスタートが取られていたようですが、出来ませんでした」

受「それは、それは大変なことでしたネ」

男「そろそろできそうなので、スタートをとりたいのですが」

結構分厚い帳簿のようなものを見て、受付が言った。

受「え?あぁ、貴方は何の連絡もなしに、欠席されたのでクラブから除籍されています」

男「え?除籍ですか?」

受「はい」

男「そうすると、暫くはここではゴルフはできないということに?」

受「えぇ。こちらから何度も連絡したのですが、一向にご返事が無かったものですから、一番重い処分になったようです」

男「どのくらいで出来るようになりますか?」

受「除籍ですから、ここではもうゴルフをすることはできません」

男「・・・・・?!」

受「あ、天国のゴルフ場はここだけです。念のため」

(2014.2)