はじめに

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2016年11月6日日曜日

小野篁

小野篁(おののたかむら)
地獄などエンマゆかりも無いけれど
ツアーがあれば参加を希望

その昔平安時代、小野篁という公卿さんがいました。この方の噺です。
篁さんというのはなかなかのご仁で、人々からは変人と見られたりしていたようです。この人、宮仕えの他に仕事をしておりました。仕事とはいえ、無給のボランティアです。仕事というのは地獄の閻魔様のお手伝いで、裁判の補佐役だったようです。夜な夜な井戸を潜って通勤していました。未だにその井戸が京都にあるそうです。彼は時に、地位を利用して人助けまでしていました。艶罪で引っ掛かった紫式部について閻魔さまに口利きして助けたなどという噺が伝えられています。粋人だったようです。
このところ小噺で取り上げていました地獄の状況ですが、経営難に陥る程の亡者減から、鬼どもが過労死しそうな亡者増まで、周期的な亡者変動に悩まされておりました。平成でも平安でもあまり変わっていないようです。閻魔大王は有識者と言われる鬼達を集めて話し合いをさせましたが、名案の一つも出てきません。そこで見る眼嗅ぐ鼻を呼びつけ、密談を行いました。こういう高度なお話は公開ではいけません。
見「大王さま。私の考えを申し上げます。この大きな変動は天国の施策による影響が大きいと思われます」
閻「どういうことじゃ」
見「天国では亡者の数の増減を調整するために、天使を地上に送り込んだり、引き揚げたりして、天国への数を操作しております。ところがそれが下手くそで、向こうでも随分混乱していると・・」
閻「何か不具合があると人の所為にするのはよくないぞ。わが地獄でも、鬼どもを地上に送ったりしたではないか」
見「その通りでございます。ただ、地上に放たれた鬼どもは地上の生活の方が気に入り、戻ってこないので、かなり前からこの施策は中止を余儀なくされました」
閻「そうであったな」
見「今後の地獄の経営を考えますと、天国との対話、交流が必要で、話し合いで調整を図るのが宜しかろうと思う次第です」
閻「談合だナ。しかし天国のことはお前を含めだれも判らぬではないか。何か手蔓があるのか」
見「大王さま。篁がいます。小野篁でございます。彼は人間界の者ですから、天国や極楽の情報を持っているのではと思われます」
閻「第三者を介しての交渉ということか」
見「先ずは当人に私から話をして見ます。明日の裁判の後、私のところへ顔を出すようご指示ください」
その日の裁判が終わったところで、小野篁が見る眼嗅ぐ鼻のところへやってきました。
篁「大王様のご命令でまいりました。御用が御有りのようで」
見「先ず、そこへ掛けてくれ。他でもない。御用というのは・・・・と言ったようなわけで一つ手助けを頼みたい」
篁「承知いたしましたと申し上げたいところではありますが、私自身天国のことをよく判っていないのでございます。極楽の方は少しばかり知るところがございます」
見「ん?どういうことなのか?」
篁「地獄のことは、私自身こうやって目の当りにしています。おまけにこう言っては何ですが、地上界では脱獄者の数も多うございます」
見「鬼まで送り込んだしナ。だがあちらも天使を天下りさせたとか」
篁「子供は天使のように可愛いなどと囃され、天使は子供のなりをしております。天使を子供と思い、子供を天使と錯覚する親が多いのでございます。少し大きくなった天女の中には、時に松の木に羽衣をかけたままで遊び呆けてばれたようなこともありました。しかし、その後は目撃者もいないようです。だから情報らしいものは殆ど取れません」
見「ふむ、フム」
篁「それに引き換え、こちらは鬼です。風体、物腰、どうも人間離れしていて一見して判ります。間違いなく地獄の話だと信じられます。一番の違いは何と言っても、天国や極楽から脱国、脱楽してくる者などはいないということです」
見「成程。いろいろあって、地上界では情報格差が大きいということか」
篁「それやこれやで、地獄のあり様は多くの人たちが知っており、それを元手に人々をに説教などをする事が流行っております」
見「天国の方はないのだ」
篁「天国の方は様子が判らないので、それをいいことに金儲けを企む輩はいます。騙されやすい人は結構いますが、いい加減さでばれたりするのもございます」
見「そうか。判った。少し大王さまと相談して見ることにする」
数日経って、見る眼嗅ぐ鼻だけでなく、閻魔大王自らも入って相談をした。
・・・・・。
見「判りました。それではそのようにいたしましょう。いいな?篁」
篁「ご命令に従います。赤、青、黒の鬼を供にして、西方浄土とやらに行って、お釈迦様にお会いし、大王様のご意向を先方にお伝えしてまいります」
見「篁。その方が知っている西方浄土の話がどの位のものか判らないが、切羽詰まっていることでもあり、よろしく頼む」
閻「頼んだゾ」
篁「近々遣唐使を派遣するという計画もあります。それに便乗して・・・・」
見「すまんな。このところの状態では、費用もあまり多くは出せないのでナ。ファーストとかスイートなどは遠慮してくれ」
ということで、小野篁は赤、青、黒の鬼を供に西方浄土を目指すことになりました。
当人は遣唐使の副使に任じられていましたが、鬼などを連れていくというので、正使と揉め、別船便を仕立てて出かけました。その時読んだのが「わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣り船」で、誰かが聞いたらそう言っておいておくれ、西方浄土に行ったなどとは言うなよという歌です。
唐の長安に暫く滞在した後、一行は西方浄土へ旅立ちました。乗り物は篁用の駄馬一頭だけで、鬼どもは徒歩です。鬼どもが揃って涙を流していました。
篁「長い旅になりそうだ。徒歩で行くお前達は泣ける程の心持か、判るゾ」
赤「いいえ、悲しいのではありません。何かここ長安の空気は濁っていて眼に沁みるのです。聞くところによりますとPMナントカの所為だなどと言っていました」
篁「鬼の眼にも涙が出る程、キツイのか」
青「篁さまはなんともないので?」
篁「見てみろ。ちゃんと日の本製のマスクをしている」
判ったような、判らないような話をしながら一行は旅を進めました。
「ハクリ村」と書かれた標識があるところへまいりました。
赤「おや、何かお祭りのようなことをやっています」
青「俺たちを歓迎しているのでは?!」
巡回遊戯団の催し場のようでした。
ト「僕、トラエモン!」
まるい顔をした青い猫のような縫ぐるみが出てきました。
青「これが西遊記などに描かれた妖怪なるや?!」
篁「知るところでは、これはドラえもんのパクリものじゃ」
赤「そう言えば、亡者が結構その漫画を持ってきていたので、私も見たことがあります。でも、こいつは酷く不細工で、あまり似ていません」
ト「僕、トラエモン!パクリなどとはとんでもない、彼は猫。僕は虎。だからトラエモン!」
青「そちらの子供は?!」
ヰ「ケケケのヰたろー!」
赤「 潮来の伊太郎 か?渡り鳥だろう?とても鳥には見えない
篁「ゲゲゲの鬼太郎のつもりじゃろ」
黒「鬼か?仲間じゃあないか!」
旅の始まりに出てきたこれらの者は、妖怪というにはお粗末で、愉快と言った方がいい位なものでした。彼らより遙か昔、三蔵法師一行が唐から天竺へ上ったとされています。この時代になっても道路事情などは一向に改まっておらず、同じ道程を辿ることになりますが、取りあえず現れた紛い物の妖怪共が少しばかり一行の気持ちを和らげてくれました。
気が和らいでいたのは暫しのことで、化外の地に至ると八十一程はありませんが、多くの難と出会いました。金角大王、銀角大王などというパソコンの将棋ソフトの番人と戦ったり、せつない顔をした女には芭蕉扇でブッ飛ばされたりしました。こういった場面になると篁はトンと役に立ちません。ところが、赤、青、黒鬼は実に生き生きと戦い、簡単にやっつけてしまいました。
篁「さすが!強いもんじゃ!」
黒「へ!・・私達は本場、地獄の鬼でございます。彼らは化外の地に住み都市戸籍の無い者供。判り易く言えば、大相撲三役と幕下、MLBとプロ野球の差です」
篁「判りやすいが、戸籍の方は差別じゃあないか?」
赤「サー、別にそうは思いませんが」
強い鬼の活躍もあり、篁一行は天竺へ到着いたしました。そしてお釈迦様に謁見し経典を頂きました。尤も、お釈迦様からとは言え、遙か遠くにお姿が見えるかなぁ程度で、手渡してくれたのは事務の方のようでした。
青「すみません。係の方」
青鬼が経典を渡してくれた担当者に声をかけました。
青「この経典は中身が何も書いてない無地なのですが?」
係「・・あ、こちらが字の書いてある経典です。未使用の新品を差し上げたのですが、使い古しの方が宜しいので?後で苦情を申し立てられても、困ります」
篁「経典が必要です。それと私達は経典を頂くだけではなく、お釈迦様とお話しをさせて頂きたいのですが」
係「・・あ、そう言う話は聞いておりません。もしご希望であれば、今一度並んで頂きたいのですが。勿論列を乱して、横から入るのは厳禁です」
篁「随分長い列ができていますが、どの位待つことになりますか」
係「そうですね。五劫程はかからないかと思いますが
五劫という時間に驚いた篁が自分達は東方のかなたから艱難辛苦に耐えてやってきたことを、涙ながらに訴えました。心を打たれた係員は、せめてものこととして、帰りに利用するようにと雲を彼らに与えました。イエ、キン斗雲ではなく、キコク雲です。
一行はその雲に乗り帰国の途に着きました。八日が過ぎた時、突然雲から突き落とされてしまいました。落ちたところは故郷の地獄でした。地獄に落ちるのはこういうことかと納得できるほどの衝撃がありました。おまけに、精神的には悟るところも、得るところも無く見捨てられたかのようでした。落ち込んでいると閻魔様が見る眼嗅ぐ鼻を伴って落下地点までやってきました。
閻「所期の目的はかなわなかったようだが、お前達の労苦は十分に承知している。今夜はゆっくりくつろいで、旅の疲れをいやしてほしい」
地獄に落ちた彼らは、その夜閻魔様の肝いりで宴席が設けられ、旅の苦労話などを大いに語りました。少し酔いを覚ましたところで、灼熱地獄でひと風呂浴びることとしました。
赤「篁様もお入りになっては如何で?体の傷も心の傷も癒されますヨ」
篁「わしは人間じゃ。そのような熱いふろにはよう入れぬ。からかうでない」
青「しかし、好い湯です」
黒「久しぶりの故郷。やっぱり家が一番だ。そしてこの温かい湯!
赤「全くだ。あぁあ・・、極楽、極楽!」

お後が宜しいようで・・・・。


(2016.11)