はじめに

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2019年6月6日木曜日

帯状疱疹


帯状疱疹

 度々病んで夢に患部を掻きまくる



  帯状疱疹なるものを患ってしまい・・云々と発送文に書いたところ、多くの方からお見舞いをいただきました。結構この病気を経験している人が多くいたのには驚きました。病院で言われるまで、私は帯状疱疹なる病名も知りませんでした。

発症したのは2月の初めです。

1日目;腰部、背部湿疹気味

2日目;少し痛みを感じる

3日目;湿疹が広がり、一部隆起

4日目;皮膚科受診:帯状疱疹と診断:飲み薬&塗り薬7日分

5日目~湿疹が黒色&白色

痒み→痛み

10日目;受診:飲み薬&塗り薬によるウィルス治療完

;痛み→飲み薬

20日目;受診:痛み止め飲み薬(痛んだ神経の修復剤)

その後、神経修復剤は倍々と増量:痛みは若干和らぐも今も続く



発症して4ヶ月が過ぎました。当初一日251錠だった薬を、今は754錠と12倍の量を服用しております。座ると痛かったお尻の部分の痛みが少し和らいできました。痺れ感が残ったままです。帯状疱疹との関係は判りませんが、右足裏に若干の腫れがあり、よろけ歩きになることがあります。

全治4~5ヶ月ということですので、あと一ヶ月ばかりの辛抱かと思います。ただ、高齢者は治りにくいそうです。お見舞いをいただいた経験者の方が罹患したのは、もう少し若い時でしょうから、私の場合は一生モノかもしれません。

少し和らいだとは言え、痛み、腫れは続いています。怨み辛みの類い、帯状疱疹に関する悪口、愚痴を言いたくなります。お付き合いください。

発病原因は水疱瘡のウィルスだそうです。このウィルス、長年にわたって私の神経細胞に巣くっていたようです。それが隙を突いて、突然暴れ出しました。宿主の免疫が低下すると動き出すとされています。神経細胞にとりついて、十分な栄養となにがしかの働きをしながら、安定した生活を送っていたはずです。一度の水疱瘡発症による働きで、長年年金生活をしてきたところです。それが突然の反乱です。何か不満があったのでしょうか。

水疱瘡を患った記憶はありません。記憶の彼方で、かなりの幼少期に患ったんだろうと思います。さすれば、少なくとも70年以上前のことです。70年以上暮らしてきた宿主に対して長年の恨み辛みを晴らさんと立ち上がったのです。宿主である私としては、何ら覚えのないことに対する怨み辛みです。このウィルスは馬鹿ではないかと思います。反乱後、わずか1週間で退治されてしまいました。皮膚科の先生は、まだ痛いし、腫れも、ボロもあるという私の主張に対して、ウィルスは1週間分の飲み薬と塗り薬によって完全に駆除されたと宣言しました。病名をも知らなかった無知蒙昧な輩の私としては承服するよりありません。ウィルスは滅んだのです。とはいえ、なんとなくISに勝利宣言したアメリカをはじめとする国々の言い草を思うのです。IS同様に、私の体のどこかにひそかに潜伏しているのではないでしょうか。

この病気の特徴の一つは半身にしか出ないことです。

左翼小児病という共産主義者、左翼を蔑視する言葉があります。対語としては右翼老人病とでもいうのでしょうか。私の場合は右半身に出現しました。対語としては当を得ています。老人性という冠のついた病気は老人性白内障と老人性イボというのを患ったことがあります。イボの方は昨年ですから、老人性という冠を甘受しますが、白内障は40歳代の時です。医学用語として不適当です。帯状疱疹は老人性水疱瘡という名前の方がよさそうに思います。病名はだれが決めているのでしょうか。国語審議会ならぬ、医学語審議会などがあるのでしょうか。言霊の国です。慎重審議の上決定いただきたいものです。

ウィルスは馬鹿ではないかなどと誹りましたが、奇妙な判別能力を持っていると思われます。ウィルスはどうやって、私の右半身の神経節を検知、判別したのでしょうか。右利きですから右の神経のほうが優れて活動し、活動の強い方がいいなどということがあるのでしょうか。それとも左半身には何らかの欠陥があり、住み心地が悪いのかもしれません。不思議なことです。

いただいた情報の中には、ワクチンが有効だというのがありました。事後のこととてそうですねとしか言い様がありません。そう言いながら、事前であっても役に立ちません。駄目です。言っていてくださればなど、泣き言を言う資格はありません。私は多くある予防接種をした記憶がないのです。記憶になくてもしたことがあるモノが一つだけあります。天然痘です。腕に四角い痕がありました。今は消えてしまって見ることができませんが、間違いなく痕跡がありました。別に主義主張があって接種をしないのではなく、メンドクサイが先に立っているだけです。帯状疱疹を受けて、方針転換を図るべし。駄洒落を考えただけで実行に移すことは無いでしょう。罹患してから、やっとけばよかったナァとなります。

ウィルスが右半身だけを狙って、弱り目に祟り目を仕掛けたかの疑問に加えて、もう一つの疑問が残っています。お医者さんです、

 先生は、ウィルスは1週間の投薬により死滅したと宣言し、以降は治療に及ばずの感じでした。私は痛いし、痺れ、痒み、腫れも残っていると訴えました。帯状疱疹は治り、残ったのは後遺症である。冒された神経が癒やされず勝手に悶えているだけだ。ウィルスは関知してない。病気としては完治してない。

関知してない。完治してない。主張は対立ないしは平行線です。

この先生、すごく潔癖にして高潔な人に違いありません。少しばかり痛みを訴えている患者で、それがもとで死ぬ気遣いはありません。昔、3時間待ち-3分診療という言葉がありました。

「痛みはどうですか?」

「良くなっているような、いないような。変わりません」

「薬を1週間分出しておきます。お大事に」

「有り難うございました」

私の診察時間は30秒で済みます。

出された薬は40日分です。40日飲み続けて大丈夫ですか。副作用はありませんか。心配いらない、大丈夫だと即答されました。お前は少なくとも40日間は来なくてよい。診るのは無駄だと。間違いなく、健康保険の支出削減に寄与しています。大して痛くもないのに痛みを訴え、薬をもらいに来る。30秒で済む、好いお客だ。そうは思わないらしい。偉い!

診察初日、患部を一瞥し、症状を聞き、直ちに帯状疱疹であることを宣言されました。彼はその後私の患部を診たことはありません。どのくらい痛いか聞くだけです。どのくらい痛いかと聞かれても答えに窮します。まさか先生のほっぺたを殴って伝えるわけにもいきません。帯状疱疹の患者を多く診てきて、あえて患部をいちいち診なくとも判るのでしょうか。もしかして、じじいの尻など診たくもないが正解かもしれません。私は医者から見放されたと表現するのは見立て違いです。40日後に薬が切れて、行ったところ、ちゃんと痛みの程度を聞き30日分の薬を出してくれました。見放されたりしていませんでした。

反省の気持ちもあります。お医者さんの所為、他人の所為にしても、痛みが消えたり軽くなったりするわけありません。

反乱を起こしたウィルスが間違いなく死滅し、再起等と言うことがないよう願うだけです。

左半身の神経にはウィルスは潜伏していないのでしょうか。大丈夫でしょう。私が患った水疱瘡は右半身だけだったのです。そうだとして、この度ウィルスは宿主の寿命を悟り、自爆テロに奔ったのかもしれません。だとすると宿主の寿命は・・・。

私を見放したのは医者ではなくウィルスだったのかもしれません。



それでは小噺を一つ。



御前に



米トランプ大統領が日英と時をおかずに国賓として訪問した。時として、その振る舞い、マナーが批判された。

英国はエリザベス女王に謁見した。大統領のお付きが側により耳元でささやいた。

お付き「閣下、前が、前をおかけください」

トランプ大統領は、スーツの前に手をやり、ボタンをかけようとし、お付きにささやいた。

大統領「おい、ちゃんと掛けているぞ」

お付き「閣下、スーツではなく、下です。下。ズボンの方が・・・」



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