はじめに

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2015年9月6日日曜日

戦後教育
学を修め矛を収め 以って痴呆を啓発し
 これを中外に施すか    御免誤字

昨年の八月号に戦後偏向教育について書きました。私自身の経験では日教組によるそういった教育を受けたという記憶はなく、覚えているのは教科書のGHQ指定個所を墨で塗りつぶしたことぐらいだということです。
今年は戦後70周年ということで総理大臣談話がなされました。これから先も10年ごとにおやりになるのか、何方がおやりになるのか、楽しみにするのは無理でしょうか。この談話を聴いていて戦後教育についてもう一度考えてみようと思ったしだいです。私が受けた教育とは一体どういうものであったのかということです。
私等の年齢層が受けた一番大きな経験、体験と言えば、戦争であり敗戦です。人生において一番刷り込みがなされ易い小学校低学年でのことです。間違いなく嫌戦、不戦が刷り込まれています。加えて、その頃の教育、経験が人格のかなりの部分を形成しているのだと思います。素直に考えれば、進駐軍が日本の行く末、私たちの行く末の99%を握っていました。GHQによって刷り込まれていることが多いはずです。そこに日教組が入り込もうとしても、終戦直後のごく限られた時間帯、GHQ自身が偏向勢力に握られていたとされる一時期を除いては、しょせん無理筋だったでしょう。結果としても、日教組は一敗地にまみれており、当事者たちが手柄話として偏向教育に成功したと思い込んでいるだけでしょう。
教育内容では禁止科目がいくつかありました。修身などの文化系教科だけでなく、体育系でも禁止科目があり、柔道、剣道は禁止されていました。柔道の方は記憶が鮮明ではありませんが、剣道が禁止されていたのは間違いありません。
中学生の時です。体育のコクボ先生から「一丁ヤルカ?!」と誘いを受けました。授業ではなく、部活動でもありません。体育館の用具置き場に何組か新品の剣道用具がありました。先生は「シナイ」をやるかと言いました。竹を六本くらいに裂いて、帆布を被せた得物をシナイ、竹刀と言います。そこから剣道を「シナイ」と称するものに仕立てたようです。 剣道が禁止されていることは知っていました。いいのかなぁ。やってよくなったのかなぁ。という感じを持ちました。面、籠手などの用具も揃っているのですから、いいことになり学校に教材が入って来たのだと思います。講和条約が発効した頃です。それに伴ってよくなったのかもしれません。俺は剣道二段だ。シナイは段位が無い。コクボ先生は嬉しそうに面を入れましたが、すこし寂しそうでした。剣道ではなくシナイと呼称したのは後遺症でしょうか。
GHQのご指導が大きかったのは間違いないでしょうが、直接教育をやったのは現場の先生です。先生方は大日本帝国の教育を受けています。勿論、ご指導によって自らいい意味での洗脳に勤しんだでしょうが、日本人としての矜持、刷り込みが簡単に払しょくされるはずがありません。戦前日本政府が一番嫌っていたのは共産化、赤化浸食でしょう。先生たちはそれを刷り込まれ、承知していました。敗れた後になっても、オクレテルとか軍国主義者とか言われるのが嫌で、顔はイエスと言っていても、心は違っていたのです。そしてGHQも日本人の骨抜き弱体化政策から、アジア赤化防止対策へと重心を移しました。先生方も少しばかりホッとして、そちらになびいたに違いありません。コクボ先生の嬉しそうな顔はそれを顕していたと思います。
学校より強く教育され、影響されたのは世間であり、吹いていた風のように思われます。
どんな世間か、風かです。
飢えとまではいきませんでしたが、農業地域の当地でも、食料は不足していました。給食に出された脱脂粉乳、コッペパン。原料生産国はアメリカです。後日料金の請求があって支払ったとか、余剰物資の整理だとかいう話も聞こえましたが、当時はアメリカさんのご厚意によるものとされていました。時折、夜の校庭で行われた映画会。垣間見える素晴らしいアメリカの生活。漫画ブロンディがアメリカ人の日常生活です。残念ながら、進駐軍の兵隊さんとじかに接する機会の無い田舎町なので、チョコレートやチューインガムを貰う幸運には恵まれませんでした。都会ではもらえるという噂話は聞いていました。授業自体も日教組に握られていたというよりアメリカさんのご意向によっていたのだと思われます。
GHQ製ではない。Made in Japanの風が吹いていました。
「♫ 晴ーれた空ー、そーよぐ風、港出船の銅鑼のネ楽しー・・・♫」
「憧れのハワイ航路」真珠湾を急襲したことを忘れてか、棚に上げてか、イケシャシャァと憧れています。風をそよがせています。そよ風などという軽いものではなく、もっとはっきりとアメリカを礼賛している歌もありました。
「♫・・・アメリカ良いとこ、アメリカ大好き、歌と踊りで夜が明ける。あぁー楽しこの世のパラダイス!♫」
今でも歌えます。歌手の名前も覚えています。前者は岡晴夫、後者は笠置シズ子です。「・・・アメリカ良いとこ、・・・」の方は「ロスアンジェルスの夜」というタイトルです。ハワイはおろかアメリカ本土まで進出し、誉めたたえています。
敵国である。鬼畜米英である。おまけに原爆、無差別爆撃で一般国民の多くが死傷しまくった。そして負けた。
戦争をやって勝った国、アメリカは上っ方の何人かを死刑にしたが、俺たちには何も危害を加えない。そいつらがやってきて、危害どころか食べ物までくれた。すごい国だ。日本人は一億総懺悔をし、従順になった。
刷り込みの基はこの辺りでしょう。
 その後アメリカは世界の警官を称して何回も戦争をしています。不思議なことに、日本に勝利をおさめたあとは連戦連敗です。それでも止めません。朝鮮、ヴェトナムを初めとして三年に一回くらいはやっているようです。これらに一寸待ってよ、位は思ったかもしれません。いつもアメリカが勝つようにと私は期待していました。負けたら困ると思っていました。「・・・アメリカ良いとこ、アメリカ大好き、・・・」の刷り込み効果が感じとられます。
しかし日本人は外国にそう都合よく動く国民ではないとも思います。歴史的に完成している国民性があります。昔から、文化文明は海外から渡ってくる物でした。それを有難くいただいて自分の物に消化し、独自の物へと昇華させてきました。時にはガラパゴス化という学術名までつけられて、日本文化はそれなりの評価を世界からも得ています。
戦後の事も外来のGHQの顔を見ながら、顔を立てながらやってきました。吉田茂はマッカーサーの憲法を盾に、戦争好きのアメちゃんにそちらをお願いし、経済の立て直しを図りました。自立心の強い岸信介は安保条約を改定して、基地提供だけの状態から、日本防衛の義務をアメリカに課してしまいました。この度の集団自衛権云々でも安倍さんは頑張っています。尖閣にあの大国が攻めてきたとき、アメリカさんに集団的自衛はお前が駄目なら俺も駄目だと言われたら、一人で対戦しないといけません。それは避けたい。世界で一番戦争が好きな国と仲良くしておくことが一番です。トランプさんなどは、安保条約は不平等条約だと主張を始めています。戦争は嫌だ。仕方が無くやることになった場合でも、なるべく自分には危害の及ばないようにしたい。戦後の為政者の考え方、政策が完全に刷り込まれています。卑怯と言われようと戦争は嫌です。でもやられるのはもっと嫌です。その時はアメリカさんよろしくお願いいたします。勿論分相応のお手伝いはさせて頂きます。身勝手と言われると返す言葉がありません。
敗戦にGHQと吉田茂の考えが結びついて、平和を愛する国民が確立しました。誰もが戦争を嫌い戦うことを拒みます。戦争は御免です。唯一戦うことを肯定しているのは「平和のために戦う」人達です。先日の安保法案審議の委員会で野党が力で以って成立阻止を図りました。言いがかり的ではありますが、委員長が怪我をしたと言ってました。長妻議員の曰く「あぁいった手段しか方法が無い」語るに落ちるとはこのことです。民主的国会において自分の主張を通すためには暴力を使うことも厭わない。平和のために戦うという自己矛盾に気づいていないようです。健康のためには命もほしくないの類です。絶対多数を握る側に勝手にさせないようにするのは、次の選挙でお前らは地に堕ちるぞという空気を作ることです。気に入らないことに反対を叫ぶのは当たり前です。示威行動も必要です。勿論きれい事だけでは国は動かないでしょう。清濁併せて成り立つ世の中。北京を見てごらんなさい。必要な時は見事に青空が見えます。でも、手品はネタがばれていると演出に工夫が無いともちません。
戦後教育の中で、禁止されていたのに素晴らしい成果を収めている物があります。
修身です。道徳です。
修身教育は禁止されていました。言霊の国のシンボル的に、名前を道徳教育と変えてボチボチとやっては来たようですが、点数をつける教科への格上げを今年になってやったようです。修身、道徳を教科として教えることは忌避されていました。剣道に比べると半世紀以上遅れて解禁されたのです。進駐軍の禁止命令が尾を引いていたようです。長い長い尻尾です。
その割には、世界の中で日本人は民度の高い国民として、隣の大国辺りからも言われているようです。今一番人に迷惑をかけない、世の中を綺麗にしようと努める、暴力を否定し嫌う・・民度という話で最先端を行っている感じがあります。結構なことです。
私たちの年代は全く道徳教育を受けていません。受けた記憶がありません。私たちは日本人の中では無教養で一番扱いにくく、道徳的に劣る、民度の低い連中ということかもしれません。立ち小便のし放題、たばこの吸い殻のちょい捨て、高歌放吟。昼間はやりませんでした。夜陰に紛れてです。卑怯ですが、やっていました。貴方はやってない。ご立派です。私はこれらを含めて、ほとんどを世間様から教育されてきました。きちんとした道徳教育を受けられなかった私たちの年代の者には、戦後は終わっていません。
現在の日本は、戦いは無く平和で、飢えに苦しむこともなく、上っ方の事を誹っても批判しても牢屋に入れられることもありません。好い戦後です。この戦後が、私が生きている間は続いてほしいと思います。自己本位な発想です。この辺りは偏向教育の効果かもしれません。もしかしたら、道徳教育を履修していない欠陥かもしれません。

では小噺を一つ。

盗聴合戦

安倍総理大臣へオバマ大統領から電話が入った。
オ「この度は大変失礼なことをいたしました」
安「え、なんでしょうか」
オ「そのー、私どもの盗聴の件ですよ」
安「あぁ、バイデンさんからお電話いただきました。わざわざ大統領からとは恐れ入ります」
オ「私からも一度お詫びはしておかないといけないと思いまして」
安「ご丁寧なことで。私どもにはアメリカに隠しておくような機密事項はございませんので、あまりお気になさらないように。お知りになられた内容で何かお判りにならないことが御有りでしたらどうぞお聞きください」
オ「いやはや、何と申し上げてよい事やら。私どもとしましては、我が国はさておいても、中露に漏れたりしてはと心配なのです」
安「その点は抜かりありませんからご安心ください。もし漏れているようなものや兆候がありましたら、ご一報いただければ幸いです」
オ「杞憂であればと思いますが」
安「はい、盗聴だとか諜報活動などというものはお互い様ですから、あまりお気遣いなく。おやすみなさい」

・・・蛇足・・・・
官邸の記録用録音装置に雑音が入っていた。
・・「・・・・・・晚安」・・

(2014.9